RFF無線日記(リスタート版)

アマチュア無線局JR7RFFの無線日記 各地の移動記録や天文・星なども

柳家さん喬落語会in気仙沼


柳家さん喬落語会in気仙沼
開口一番:柳家さん若(柳家小平太)
期日:2018年8月26日(日)
   午後3時開演(開場2時半)
会場:ゲストハウスアーバン
   気仙沼市本郷
木戸銭:お一人3,000円
    当 日3,200円
問合せ先:昼間0226−24−2822ファミリー歯科医院
 

今年も柳家さん喬師匠が気仙沼にお出で下さいます。初めてお出でになってから6年目になります。
 落語は、考え方にもよりますが、古典落語新作落語に分類できます。古典落語は江戸時代から明治・大正時代にかけて作られた噺で、多くは庶民の暮らしが題材となっています。『文七元結』や『芝浜』などがその代表例です。新作落語は、昭和以降に作られた噺で、その時代の話題を風刺したり、刺激的に演じたりします。落語家個人の創造性を刺激するのでしょうか、現在も多くの落語家が自身で新作落語を作っては演じているので、大変な勢いがあります。では、古典落語は勢いがないのかというと、決してそうではありません。古典落語は長い間に多くの落語家が何度も何度も上演し続けてきたおかげで、洗練され、心にしみる噺が多く残っていますし、土台がしっかりしているので、現代の演出も柔軟に受け入れる懐の深さもあります。新作落語を演じている落語家も最初は古典落語を学びます。
 様々な困難を笑い飛ばしながら生きる人々の姿を演じるのも古典落語の世界です。特に人情あふれる姿を描いているのが「人情噺」と呼ばれています。悲しくてつらいことがあってもやがて笑いになる人情噺が落語の真骨頂と言えます。その古典落語の雄、人情噺の第一人者が柳家さん喬師匠です。
 柳家さん喬師匠は、人間国宝にも選ばれた五代目柳家小さんに弟子入りして以来、古典落語を中心に芸を磨いてきました。軽妙で艶のある語り口で、かなり若い頃から次代の古典落語の雄と目されていたそうです。さん喬師匠自身は「先人が創った落語という文化を次の世代に引き継ぐのが自分の役目」、という意識で望んでいられるそうです。このように書くと、いかにも堅苦しい印象を与えそうですが、そこはお笑いの要素もたくさんあります。CDやラジオで落語を聞くと台詞がないのに笑い声だけが聞こえることがありますが、笑い声で台詞が聞こえないのではなく、落語家の仕草や表情で笑っているのです。中でも食べ物を食べる仕草は柳家の得意分野ですし、『ちりとてちん』などの、食べた後のリアクションも一級品です。落語は確かに声の文化ですが、実は目で見なければ分からない部分も多いのです。仕草もそうですが、小道具の使い方も目で見る楽しみの一つです。落語の小道具と言えば扇子と手拭だけですが、扇子は箸になったりキセルになったりするほかに、戸をたたくときのドンドンという音を出すときにも使われます。手拭も汗を拭くだけではなく財布になったりもします。意外とダイナミックな動きも含め、こういう部分はCDを聞いただけでは分かりません。やはり、目の前で演じる落語家を見たいところです。
 さん喬師匠ご自身は実際に客の前で演じるということを大事にされているので、テレビ出演の依頼も多いのですが、東京の寄席や地方の落語会でスケジュールが埋まり、テレビ出演の時間が取れない状態のようです。年間の口演回数は一説では500を超えるというのですから驚きです。客がいるところにはどこへでも行くという姿勢には頭が下がります。その意欲的な姿勢の一環として毎年気仙沼にもお出でいただいています。
 これまでは年末や冬場の開催が多かったので、噺もその季節に合ったものが多くかけられました。今年はお盆も過ぎた、まだまだ残暑の厳しい季節の開催です(もちろん会場はエアコンが効いてます)。さん喬師匠の演じる、夏の暑さに負けずに生きる江戸っ子の心意気と人々の優しさ、そして人情を堪能してください。
 さん喬師匠は昨年,芸能・芸術分野での活躍・芸術性が認められ、紫綬褒章を受章されました。さん喬師匠が毎年気仙沼にお出で下さることはありがたい限りです。
 「柳家さん喬落語会in気仙沼」は8月26日(日)の午後3時から、本郷のゲストハウスアーバンで開催です。木戸銭3000円(当日3200円)。当日は開口一番を今年の9月に真打昇進が決定しているお弟子さんの柳家さん若さんが務めます。(9月からは柳家小平太師匠)。こちらは若手の勢いを感じていただきたいと思います。
問合せ先/昼間0226−24−2822ファミリー歯科医院
 
※今回,柳家さん若さんが真打ち昇進になるので,口上をさん喬師匠がしてくださいます。
地方の落語会では異例です。落語会にお出でいただいている方々に真打ち昇進をさん喬師匠が伝えたいということでした。う〜ん,さすが師匠です。これを聞いただけでも幸せです。